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内定者研修における給与支払いや労災の扱い

2023年3月1日から新卒採用(24卒)の広報活動が解禁され、新卒採用はまさにシーズン真っ只中です。これから6月にかけて新卒採用のピークとなりますが、採用の早期化に伴い4月時点において既に採用を保有する学生が一定数います。今回は採用内定時において、企業が実施する入社前の内定者研修について、給与の支払いが必要かどうかと言う人事担当者の素朴な疑問にお答え致します。

【採用内定時における研修】


 以前は入社直前に研修を実施することで、4月1日の入社日以降にスムーズに業務へ移行できるよう、どちらかと言えば入社後の早期戦力化を目的とするものが多かったように思います。しかし売り手市場が続く新卒採用において、現在では5社前後の会社から内定(一般的には内々定と言う段階)を受けている学生も少なくはなく、単に内定の通知を出せば応諾してくれ、そのまま予定通りに4月1日から入社してくれるという時代ではなくなっています。

 そのような中、内定企業の中から自社を選んでもらうために、各社が思考を凝らして様々なイベントを内定期間中に企画のうえ実施しています。先輩社員との交流会社長や役員との食事会、そして今回のテーマである入社前研修などを実施することで、定期的に内定者へコンタクトして相互理解を深めつつ、会社への帰属意識を高め、最終的に自社を選んでもらうことを目的とし、内定者フォローの手段の1つとして入社前研修が積極的に活用されるようになってきています。

 

 

【労働時間と認められるもの】

 

では、「入社前研修」が内定期間中に行われる場合、給与の扱いについてはどのように考えるべきか見てみましょう。 労働基準法では使用者は労働者に対して、労働の対償として賃金を支払う義務を負うものとされていますので、この入社前研修が労働(労働時間)に該当するのかがポイントになります。この点においては、たとえ入社前研修と言う位置づけであっても“強制参加”となっていれば、使用者の指揮命令下に置かれており、場所的・時間的な拘束も伴うことになるため、「労働(業務)」の扱いになると考えられています。

行政通達においても、「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取り扱いによる出席の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない。昭26.1.20 基収2875号 昭63.3.14基発150号」としたものが以前に示されていますので、この点からも強制参加か否かと言う点が大きなポイントになることがわかります。

なお、仮に「参加が強制ではなく任意」と言う形であっても、参加しなかった場合に何らかの不利益が課されると言ったような場合には、事実上の参加強制とみなされ、会社側に給与の支払い義務が生じる可能性があるので注意が必要です。以上のことから「参加が任意である」、「欠席しても不利益を被ることが無い」とした研修であれば、労働時間にならず給与の支払いまでは要しないと考えて良いでしょう。

そして仮に労働時間とされた場合に、給与をいくら支払うべきかと言う点も検討事項になると思います。内定者においては入社後の初任給が確定しているケースもあると思いますが、採用内定は「始期付解約権留保付労働契約」と言うものであって、労働契約の始期(入社日)が到来していませんので、初任給として示されている賃金額相当を支払う必要まではないものと考えられます。ただし、少なくとも労働時間に対して最低賃金以上の支払いは当然必要と言うことになりますし、内定者のモチベーション向上なども考慮すれば最低賃金は大前提として、可能ならば初任給をベースに時給換算をしたり、当該地域などにおけるアルバイト・パートの平均相場などを基準とした方が良いでしょう。特に新卒の内定者については、感受性豊かな世代で会社からの配慮がそのままモチベーションや帰属意識へ繋がることも多いので、場合によっては戦略的な金額の設定を検討しても良いと考えます。

 

 

【労災保険の適用】

 

最後に労災についても触れておきたいと思います。内定者に労災保険が適用されるかどうかについては、内定者の「労働者性」がポイントになります。この件について厚生労働省は労災適用に慎重な姿勢を示しており、以下のようなものを条件として示しています。

 1)支払われる賃金が一般の労働者並みの賃金であり、少なくとも最賃法の規定を上回っていること
 2)研修内容と本来業務との関連性が高いこと
 3)使用者の指揮命令の下に契約上の義務として支払われているものであること

そのため一律に労災が適用されるわけではなく、研修の内容などによって結果が左右されることになりますので、場合によっては労災の適用を受けられない可能性もあります。もしも万全を期すと言う事であれば、労災認定の有無を問わず支給されるような民間の傷害保険などへ加入するという方法もありますので、長期にわたる研修などの場合には積極的に検討してみても良いでしょう。

 

 

【まとめ】

 

新卒採用の激化に伴い、入社前研修の目的やスタイルも以前に比べてだいぶ変わってきました。既述の通り、強制とするか任意とするかなどにより労働時間とされるかどうかが変わってきますし、労働者性の状況によっては労災適用の有無も変わってきます。

これから内定が増えてくることで、内定辞退の防止にむけての施策が一斉に始まるものと予想されますので、入社前研修の企画をされる際に、今一度、内容は元より給与の支払い等についても見直してみてはいかがでしょうか。それが内定者との信頼関係の構築に繋がっていくかもしれません。

 


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